敬老の日は何故、9月の第3月曜日なの?由来を紹介

 毎年お盆を過ぎると、お店におじいちゃん、おばあちゃんへのプレゼントが並びますね。9月の第3月曜日に当たり前のようにお祝いされている敬老の日ですが、いつ、どのように敬老の日は誕生したのでしょうか?

 敬老の日の由来や誕生した背景、9月の第3月曜日に制定された理由を紹介します。

 敬老の日の由来

 敬老の日の由来は3つあるといわれています。当サイトで母の日や父の日の由来を紹介してきましたが、敬老の日の3つの由来のうち、最も古い由来は、母の日や父の日の由来よりも遥か昔、飛鳥時代にまでさかのぼります。

 3つの由来を時代順にみていきましょう。

悲田院が建造された日

 飛鳥時代に推古天皇の摂政として活躍した聖徳太子。厩戸皇子とも呼ばれ、社会科の教科書でお馴染みの人物ですね。大阪市にある四天王寺に、聖徳太子は、悲田院、敬田院、施薬院、療病院の4つの建物から構成された四箇院(しかいん)を建造しました。施薬院は薬を処方する薬局、療病院は病気を治療する病院、悲田院は身寄りのない高齢者や身体の不自由な高齢者を住まわせる老人ホームのような役割をもっていました。この悲田院が建造されたのが593年9月15日だといわれており、9月15日を敬老の日としたといわれています。

 ちなみに、敬田院はお寺そのもので、四箇院は現代医療や社会福祉のもとになったと考えられています。

天皇が養老の滝を訪れた日

 奈良時代に、岐阜県で足の不自由なお父さんと息子が二人暮らしをしていました。働くことができないお父さんを支えるために、息子は毎日一生懸命働いていました。二人の生活費を稼ぐというだけでも大変なのに、お酒が大好きなお父さんのために、息子は仕事の帰りにお酒を買って帰っていたのですが、ある日、息子の仕事がうまくいかなくなり、稼ぎが減って、お酒を買えない日々が続きました。

 外出できないお父さんの唯一の楽しみはお酒を飲むこと。息子は「お父さんを喜ばせることができない・・・」と滝の近くで途方に暮れていました。すると、滝からお酒の香りが漂ってきました。息子は甘い香りに気付き、滝の水を口に含んでみると、滝の水がお酒に変わっていたのです。息子は早速、滝でお酒を汲んで持って帰り、お父さんに飲ませました。次の日も、また、その次の日も滝の水はお酒のまま。息子は滝でお酒を汲んで、お父さんに毎日お酒を飲ませ続けました。そして、更に不思議なことに、滝から汲んだお酒を飲み続けていたお父さんが歩けるようになったのです。

 息子の親孝行の話は町中に広がり、当時の天皇である元正天皇の耳にも入りました。天皇はこの孝行話に感銘を受け、717年9月20日に滝を訪れました。そして、滝の水がお酒に変わっていることを自ら確かめ、滝を「養老の滝」と名付けたのです。天皇が養老の滝に向けて出発した日が9月15日だといわれており、9月15日を敬老の日としたといわれています。

敬老会を開催した日

 兵庫県の現在の多可町(旧野間谷村)で、1947年に「敬老会」が初めて開催されました。敬老会は、お年寄りの知恵を借りて、村を発展させていこうという目的で、55歳以上が集まる会でした。高齢化社会が進む現代では、「55歳以上をお年寄りと呼ぶの?」と思う方もいらっしゃると思いますが、当時の55歳以上は、子どもを第二次世界大戦に見送った世代で、戦後悲しい想いをしている親を慰めたいという村長の考えがありました。先述した「天皇が養老の滝を訪れた日」にちなんで、敬老会は9月15日に開催されました。9月中旬は農業が丁度一段落つく時期で、また、暑さもおさまり、お年寄りが集いやすかったこともあって、9月15日が選ばれたともいわれています。

 敬老の日が誕生した背景

 先述した3つの敬老の日の由来のうち、最も有力な由来は「敬老会を開催した日」です。

 1947年から毎年行われていた敬老会ですが、この時はまだ「敬老の日」ではありません。1948年にこどもの日と成人の日が制定され、敬老会を主催していた村長は「子どもの日と成人の日を制定するなら、お年寄りの日も制定するべきだ」と提唱して、その年1948年の9月15日を「としよりの日」に制定しました。この「としよりの日」は村独自の祝日でしたが、村から兵庫県全域に広がり、1950年には兵庫県が「としよりの日」を祝日として定めました。そして、兵庫県から日本全国に「としよりの日」が広がり、1951年には9月15日は「としよりの日」としてすっかり定着しました。しかし、「年寄り」という言葉が気になりますよね。1963年には「としよりの日」から「老人の日」に、1966年には「老人の日」から「敬老の日」に変わり、国民の祝日に関する法律によって、国民の祝日となったのです。

 9月第3月曜日に定められた理由

 ご存じのとおり、現在の敬老の日は9月の第3月曜日です。「敬老の日が誕生した背景」でも紹介したように、当初、敬老の日は9月15日でした。いつから、何故、9月15日から9月の第3月曜日に変わったのでしょうか?

 敬老の日が9月の第3月曜日に変わったのは2003年からです。2001年に「ハッピーマンデー制度」を実施することとなり、祝日法が改正されました。ハッピーマンデー制度は、土曜日、日曜日に続いて、月曜日を国民の祝日として休日にし、国民が3連休を楽しめるようにするという目的で制定されたもので、敬老の日の他、成人の日、海の日、体育の日が月曜日になりました。

 まとめ

 敬老の日の3つの由来や誕生した背景、9月の第3月曜日に定められた理由を紹介しました。

 敬老の日の由来には、悲田院が建造された日、天皇が養老の滝を訪れた日、敬老会を開催した日の3つがあり、このうち、「敬老会を開催した日」が最も有力な由来だといわれています。

 敬老の日は「敬老会」から「としよりの日」へ、「としよりの日」から「老人の日」へと変化し、1966年には国民の祝日に関する法律によって、「老人の日」から「敬老の日」となりました。また、「ハッピーマンデー制度」によって、2003年から敬老の日は9月の第3月曜日となりました。

 敬老の日の3つの由来には、共通して、お年寄りを労わるエピソードが含まれていますね。敬老の日が誕生した背景を知ることで、おじいちゃん、おばあちゃんに対する感謝の気持ちがより強まるのではないでしょうか。

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